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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)1573号 判決

原告

星沢こと李輝男

被告

梅原丈太郎

主文

被告は、原告に対し、金三三五万四三七二円およびこれに対する昭和四八年四月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金六九八万六一九一円およびこれに対する昭和四八年四月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年四月一八日午前七時一五分頃

2  場所 大阪府羽曳野市野々上三丁目四の一先路上

3  加害車 バキユームカー(泉八八は三一)

右運転者 訴外武田昇三

4  被害者 原告

5  態様 原告が被害車(ライトバン)を運転して本件交差点を東から西へ直進中、加害車が突如右折してきて衝突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告は、訴外武田昇三を雇用し、同人が被告の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

加害車両運転手である訴外武田は、信号のない本件交差点を右折するに際しては、対向の直進車の有無を確かめ、もし対向の直進車があるときは、その交差点通過を待つてから、右折を開始すべき注意義務があるのに、おりから対向車として直進してきた原告車を無視して右折した過失により、原告車右前方に衝突した。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

左膝蓋骨複雑骨折、頭部切創

(二) 治療経過

入院

昭和四八年四月一九日から昭和四八年八月九日まで大阪厚生年金病院

昭和四九年八月一九日から昭和四九年九月一〇日まで同病院

通院

昭和四八年八月一〇日から昭和四九年八月一八日まで右同

昭和四九年九月一一日から昭和五〇年三月四日まで右同(うち治療実日数二六七日)

(三) 後遺症

慰藉料の項参照

その程度は自賠法施行令別表第一〇級一一号に相当

2  治療関係費

(一) 入院雑費 六万八〇〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による一三六日分

(二) 入院付添費 一九万八〇〇〇円

入院中昭和四八年四月一八日から同年八月九日まで付添い分

(三) 通院交通費 一三万三五〇〇円

通院中一日五〇〇円の割合による二六七日分

3  逸失利益

(一) 休業損害

原告は事故当時一九歳で、阪本精肉店こと中睦一彦方に勤務していたが、本件事故により、昭和四八年四月一八日から昭和五〇年三月四日まで休業を余儀なくされ、その間つぎのとおり二〇五万一〇〇〇円の収入を失つた。

即ち昭和四八年三月 六万円

昭和四八年四月から同年八月毎月六万五〇〇〇円

昭和四八年九月から昭和四九年三月まで毎月七万円

昭和四九年四月から同年八月毎月八万円

昭和四九年九月から昭和五〇年二月毎月八万五〇〇〇円

他に賞与 二六万六〇〇〇円

(二) 将来の逸失利益

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を一四%喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は昭和五〇年三月五日から四七年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三九一万三六九一円となる。

(年間給料…八万五〇〇〇円×一二か月分+年間賞与八万五〇〇〇円×一・八か月分)×二三、八三二×〇・一四=三九一万三六九一円

4  慰藉料 三〇〇万円

(入通院および後遺障害によるもの)

原告は本件事故により左膝蓋骨軟骨がとびだしてきたため、二度手術を行なわざるを得なかつた。しかも左膝蓋骨の骨折は多数骨片に分れる複雑骨折であつたため、単なる関節障害に比して直りにくく、入院一三六日、通院五四九日間(うち治療実日数二六七日)という長期の療養を余儀なくされたばかりか、現在も日夜疼痛に苦しめられている。

従つて、事故当時の精肉運搬職の仕事は重い荷物を扱うことと冷蔵庫への出入が激しいものであるため、とても負担に耐えられないものと考え退職し、現在なお無職である。

しかるに、加害者および被告の態度は極めて不誠実で、入院中見舞に二度来ただけである。

5  弁護士費用 三〇万円

四  損害の填補

原告は次のとおり支払を受けた。

1  自賠責後遺障害補償金(一二級認定)五二万円

2  被告から二一五万八〇〇〇円

内訳付添料 一九万八〇〇〇円

給料分月六万円×二六月分………一五六万円

通院交通費として月二万円×二〇月………四〇万円

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし5は認める。

二の1は認める。

二の2は過失の点を除き認める。

三は不知。

四は弁済額は認める。

第四被告の主張

一  過失相殺

本件事故の発生については原告にも本件交差点を通過するにあたり、前方注視を怠つたため既に右折態勢に入つていた被告車に猛スピードで衝突した過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

二  損害の填補

本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、本訴請求外ではあるが、次のとおり損害の填補がなされている。

いずれも原告の受傷治療費として、

松田病院分(昭和四八・四・一八―四・一九)四万二六五〇円

大阪厚生年金病院(四八・四・一九―八・九、四九・八・一九―九・一〇の各入院中の分)一五万〇四八〇円

右同(四八・四・一九―五〇・三・四通院中の分)一五万五六五八円

合計 三四万八七八八円

第五被告の主張に対する原告の答弁

本件事故は右折せんとする訴外武田昇三において、前方を注視していなかつたため、対向車線を直進してくる原告車に自車が本件交差点の直前ないし交差点内に至るまで気付いておらず、そこに至つていきなり右折しようとしたため、道路交通法三七条に規定する方法に従わず右折せんとした重大な一方的過失から発生したものであるから、被告の過失相殺の主張は理由がない。

証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし5の事実は、当事者間に争いがない。

さらに事故の態様については後記第四で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第二、第三、第四号証、乙第一号証、および原告本人尋問の結果によれば、原告は受傷後、ひとまづ松田病院で応急手当をうけた後請求原因三1(一)(二)の治療経過を辿つた事実が認められ、かつ後遺症としてつぎの症状が固定(昭和五〇年三月四日頃固定)したことが認められる。

まづ自覚症状として、左膝関節屈曲障害、左膝関節前面の疼痛(特に多湿低温で自発痛)、

頭部切創痕部の神経痛様疼痛が頑固に残存、また検査結果においても、膝関節機能は屈曲自動左七〇度、右四〇度、他動左六〇度、右四〇度の運動制限あり、伸展自動左右ともに一八〇度、他動左、右ともに一八〇度。左膝関節部前面骨突出部に圧痛、さらに疼痛については多数骨片の複雑骨折のため術後も膝蓋骨変形を残しており、膝関節運動に際しての膝蓋骨滑動不十分、周辺知覚神経損傷、大腿四頭筋萎縮などによるいわゆる頑固な神経症状と認められ、また頭部瘢痕部の疼痛については、小異物迷入かとも考えられるが、レントゲン線上確認し得ず、局所圧痛もないため、局所の神経痛と考えられる(もつともこれについては、昭和五〇年四月八日に局所麻酔下で異物帽針頭大の小ガラス片摘出を行なつたことが成立に争いのない甲第六号証によつて認められるところであるが、原告本人尋問の結果によつてもその後も依然疼痛があり、ながい間テレビをみたり、本を読むことができないことがうかがわれる。)との医師所見であること。

2  治療関係費

(一)  入院雑費

原告が一三六日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日五〇〇円の割合による合計六万八〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(二)  入院付添費

原告本人尋問の結果と経験則によれば、原告は前記入院期間中一一四日間付添看護を要し、その間一日一二〇〇円の割合による合計一三万六八〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、これを認めるに足る証拠がない。

(三)  通院交通費

原告が二六七日間通院治療したことはさきに認定のとおりであるが、その間原告が東大阪市内から大阪市福島区内の大阪厚生年金病院に通院するため平均して一往復五〇〇円の交通費(合計一三万三五〇〇円)を要したことは弁論の全趣旨によつて認定することができる。

3  逸失利益

(一)  休業損害

原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第五号証によれば、原告は事故当時一九歳で、阪本精肉店こと中睦一彦方に店員として勤務し、肉の販売、冷蔵庫への肉の出し入れ(通常三、四〇キロ運ぶ)等に従事していたが、本件事故により、昭和四八年四月一八日から昭和五〇年三月四日まで休業を余儀なくされ、その間つぎのとおり合計一九〇万五四八八円の収入を失つたことが認められる。即ち、

給料分

イ 昭和四八年四月一八日から同年八月まで

月額 六万五〇〇〇円………二八万八一六六円

(六五、〇〇〇÷三〇×一三)+(六五、〇〇〇×四)

ロ 昭和四八年九月から昭和四九年三月まで

月額 七万円………四九万円

ハ 昭和四九年四月から昭和四九年八月まで

月額 七万五〇〇〇円………三七万五〇〇〇円

ニ 昭和四九年九月から昭和五〇年三月四日まで

月額 八万円………四九万〇三二二円

(八〇、〇〇〇×六)+(八〇、〇〇〇÷三一×四)

合計 一六四万三四八八円

賞与分

昭和四八年八月と昭和四九年八月に支給されたであろう賞与額は各月給額の八〇%

昭和四八年一二月と昭和四九年一二月に支給されたであろう賞与額は各月給額の一か月分

合計 二六万二〇〇〇円

(六五・〇〇〇×〇・八)+(七五、〇〇〇×〇・八)+七〇、〇〇〇+八〇、〇〇〇

もつとも甲第五号証中には、昭和四九年四月には一度に七万円から八万円へと一万円の昇給があつた如く記載されているが、この点は原告本人尋問の結果によつても昇給は四月と九月にあつたが、一回に五、〇〇〇円であつた。一度に一万円上つたとなつている点については自分には判りかねると述べていることからして、にわかに採用しがたく、このときも従来同様五、〇〇〇円の限度で昇給があつたものと認める。

(二)  将来の逸失利益

原告本人尋問の結果および前記認定の受傷並びに後遺障害の部位、程度によれば、原告は前記後遺障害(とくに多少の膝蓋骨変形、膝関節機能の運動制限)のため、その労働能力を一四%喪失したものと認められるところ、原告の就労可能年数は昭和五〇年三月五日から四六年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三五〇万八八七四円となる。

即ち、昭和四九年三月から昭和五〇年二月までの過去一か年の収入を算出すると、

七万円+(七万五〇〇〇円×五か月分)+(八万円×六か月分)+(四九年八月と一二月分賞与………(七万五〇〇〇円×〇・八)+八万円)=一〇六万五〇〇〇円

右年収一〇六万五〇〇〇円×〇・一四×二三、五三三七=三五〇万八八七四円

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過(計五回にわたり手術をうけた)、後遺障害の内容程度、年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は一五〇万円とするのが相当であると認められる。

5  治療費(本訴請求外)

成立に争いがない乙第一ないし乙第五号証によれば、被告主張の二、損害の填補の項に掲記の事実を認めることができる。

第四過失相殺

成立に争いのない乙第二五、第二六、第二七、第三二、第三三、第三八号証、証人武田昇三の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、つぎの事実が認められる。事故発生現場は、東西に通ずる幅員一一・一メートルの車道(南北両側に幅員三メートル宛の歩道が付設されている)と右車道北側藤井寺駅に至る道は幅員七・〇メートル、同南側軽里に至る道は幅員六・〇メートルとなつている南北道路とが交差して交差点内であつて、右東西道路にはセンターラインがひかれ、路面はアスフアルト舗装され、平たんで、事故発生当時路面は乾燥しており、制限速度は時速五〇キロメートルとなつていた。また事故発生交差点から西方三〇ないし四〇メートルのところと、右交差点から東方約五〇〇メートルのところに、それぞれ信号機の設置された交差点がある。ところで、訴外武田昇三は、右東西道路を時速四五キロメートルくらいで西進していたところ、事故現場交差点から三〇メートル以上手前のところで、右折の合図をしながら進み、現場交差点にさしかかる直前、右折しはじめる前に対向右折待ちしている車と原告車を認めた。(この時原告車と武田車との距離は六四・五〇メートルあつたと実況見分時指示説明しておるが、これだと原告は事故現場より一つ西にある交差点よりもさらに西方にいたことになり、実際はこの距離よりもつと接近していたものと認められる)が、先に右折できると考え、時速一〇キロメートルくらいで、さらに約七メートル進行して右折しつつ交差点内に入つたところ、自車前方一二・一メートル先にまで進んできていた原告車をみて急制動の措置をとるも及ばず、衝突した。

一方、原告星沢こと李は、右東西道路左側端を時速四五キロメートルくらいで東進していたところ、約四〇メートル前方に先行車が右折後南進するため、西進してくる対向車を待つているのに気づいたが、自車は直進するので、その左側を通過しようとして右折車の後部近くまで接近したところ、交差点内で右折しつつある訴外武田車を自車前方一〇・五メートル先に認め、急いでハンドルを左に切り、その後ブレーキをかけたが間に合わず衝突した。

この点について、成立に争いのない乙第三九号証によると、原告は事故現場の一つ西寄りの信号機の設置してある交差点で信号待ちした時点で訴外武田運転の加害車がかなり前方(約三四〇メートル前方)を走行していたのに気づいていたかの如き供述をしているが、(しかし、原告本人尋問の結果では信号のある交差点を出て一〇メートルくらいのところという)原告の右供述による限り事故現場から約四〇メートル西方の交差点で信号待ちしたのはながいことではなく、一旦停つてすぐ出たという感じで発進したのであり(この点も原告本人尋問の結果では二〇秒くらい信号待ちしたともいう)、そしてせいぜい三〇メートルくらい進んだ間(発進後加速しそのころ時速四〇キロメートルくらいになつていた)に、武田は二四〇メートルくらい進行してきたことになるが、これでは仮に時速一〇〇キロメートルでも二四〇メートル走行するには八・六四秒を要するのであり、原告が時速二〇キロメートル平均で走行していたものと仮定しても事故発生前に事故現場交差点を通過していなければならないことになるばかりか、その間信号機の設置もない現場交差点で先行右折待ちの車が依然待つていたというのも不自然であり、原告本人尋問の結果を引合いに出すまでもなく、乙第三九号証における原告の供述はにわかに信用できず、武田車はもつと事故現場交差点に近い距離に来ていたが、原告はそれに気づいていなかつたとみるか、或いは原告本人尋問の結果から認められる如くかなり信号待ちしており、その間に武田車が進行してきていた(証人武田も事故現場交差点手前一〇〇メートルくらいのところまで来た時、原告車は信号のある交差点を出たところにあつたと証言し、このことを裏付けている)とみるのが事理に合するというべきである。

そうすると原告においても事故発生交差点には横断歩道が設けられているほか、当時右折待ちしていた車があつて、それにさえぎられ右前方の見とおしがわるいのみならず、右折待ちしていることによつて、対向車があることは当然に予測できたところであるから、予め減速し、対向車線における車の動向にも注意しつつ進行すべきであるのに、自車が直進であることに気を許し、これが十分でなかつたため、本件事故に至つたことも否定できないところである。

前記認定の事実によれば、本件事故の発生については原告にも過失が認められるところ、前記認定の訴外武田昇三の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺としてさきに認定した本訴請求外の治療費をも含めた原告の損害の二割を減ずるのが相当と認められる。

第五損害の填補

請求原因四の事実中その内訳はともかくとして、原告が二六七万八〇〇〇円の支払をうけていることは、当事者間に争がない。

さらにその他に被告から治療費三四万八七八八円が支払われていることもさきに認定したとおりである。よつて原告の前記損害額から右填補分三〇二万六七八八円を差引くと、残損害額は三〇五万四三七二円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は三〇万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告は原告に対し、三三五万四三七二円、およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四八年四月一八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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